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    January 28

    ガソリン税問題が焦点に

     昨年から物価が上がり続け、国民が悲鳴を上げているというのに、ガソリン税の暫定税率をまだ延長しようとしているのはなぜ。
     
     政府自民党と公明党は、既得権という名の利権集団を形成しているのです。
     
     暫定という名目の税金をいつまでも取り続ける官僚と政治家の驕りは、自分たちの利権を守ることしか関心がないということです。
     
     彼らの論拠である、ガソリン税を無くすと道路を作れなくなる、とは。
     
     無くすと今までと同じように好きなだけ道路を作れなくなるということです。
     
     子育て支援にはほとんど力を入れてこなかった政府自民党の長年の政治のお蔭で生まれる子どもが減り続け、日本の人口減少も高齢化もさらに加速するというのに、今までと同じペースでどうして道路が必要なのか。
     
     政府自民党が惰性で政治を行うのは、道路が利権の塊だからです。
     
     世界最後の社会主義国と揶揄される日本の行政の最大の砦が道路なのです。
     
     一時の雇用を守るために子孫に借金を残すことはもう止めましょう。
    January 27

    大阪府知事に橋下氏が当選

     東西横綱が千秋楽に一敗どうしで優勝を争い、白鵬が朝青龍を下しました。
     
     テレビの前で久しぶりに相撲に釘付けになった一番でした。
     
     さて、今日投票が行われた大阪府知事選挙では、自民、公明両党が推す橋下弁護士(38歳)が、民主党などが推す大阪大学教授の熊谷氏を破り、全国最年少知事となりました。
     
     自民、公明両党は、大阪市長選挙で応援した現職の関市長が、民主党が擁立した知名度抜群の毎日放送元アナウンサー平松氏に敗れるという苦い経験を昨年したばかりです。
     
     この反省を踏まえて知名度の高い橋下氏を擁立したことが大きな勝因となりました。
     
     これから四年間の橋下氏の行政手腕は全くの未知数ですが、健闘を祈るばかりです。
     
     それにしても寒い冬です。
     
     今朝も奈良は氷点下の寒さでした。
     
     これから3月中旬まで、2ヵ月近く寒い日が続くことでしょう。
     
     冬らしい冬は景気には良いので、喜びましょう。
     
     でも物価が上がるのは嫌なので、せめてガソリンの暫定税率は下げてほしいものです。
     
     ガソリンはあらゆる物価に影響を与えているのですから。
     
     今日、トラック協会も九州で暫定税率廃止のトラックデモを挙行しました。
     
     大阪府知事選挙の結果に関係なく、国政の場で暫定税率廃止をめぐる攻防がさらに激しさを増すことでしょう。
     
     
     
     
    January 26

    岡田ジャパン初ゲーム

     サッカーの岡田ジャパンがチリとの親善試合でスタートを切りました。
     
     しかし残念ながら0対0の引き分けに止まりました。
     
     テレビ観戦では迫力もなく盛り上がりに欠けましたが、後半の途中から大久保が登場して雰囲気が変わりました。
     
     ディフェンスの裏に飛び込む大久保の動きに、若い選手ばかりのチリもとまどいました。
     
     しかしフィニッシュが少し物足りません。気分転換にはなりましたが。
     
     来月からいよいよサッカーワールドカップ予選が始まります。
     
     長年の課題である代表チームの決定力不足は相変わらずです。
     
     若い選手がどんどん海外のチームに出て行き成長しないと、本大会で勝つレベルまでアップするためにはまだまだ長い年月がかかりそうです。
     
     さて野球の話題に変わり、昨日の高校野球選抜大会出場校の選考で、わが母校畝傍高校の21世紀枠での出場はできませんでした。
     
     朝の新聞記事で内容を読むと、どうも選ばれた名古屋の学校は三年目の正直だったそうで、私の母校もこれからも諦めずに「励めよ!」ということなのでしょう。
     
     母校は戦前に全国大会出場が決まったのに戦争により大会が中止となり、幻に終ったという悲劇があったのだそうです。
     
     今年は無理でしたが、そういう因縁も含めて近い将来選んでほしいものです。
     
     野球部と同じグランドで練習したラグビー部OBで今も母校の近くに住む私としては、来年にも選んで欲しいと思います。
    January 24

    風邪と戦い東奔西走

     月曜日から風邪と戦いつつ、東奔西走の忙しさでした。
     
     風邪を引いたら、本当は一日だけでも身体を休めたいところですが、仕事がそれを許してくれません。
     
     資格学校も夜行き、昨日と今日は一泊二日の長崎出張と大忙しでした。
     
     長崎の冬の観光客は少なく、飛行機もがらすきでした。
     
     面白いのは、長崎の冬の目玉企画ランタンフェスティバルの飾り付けを県庁正面に大々的にしていることです。
     
     観光行政に県がここまで力を入れているのは大阪ではないことなので、行政の努力が興味深いです。
     
     宿泊したのは県庁の直ぐ横のホテルなのですが、カステラで有名な文明堂と県庁の間に小さな碑がひっそりと建っています。
     
     カメラを持っていかなかったので撮影できませんでしたが、長崎が安土桃山時代に南蛮貿易で栄えたときの港の址がここなのです。
     
     はるかポルトガルから来た船が入港したのも、キリシタン大名が追放されたのもここなのです。
     
     江戸時代に外国に開かれた唯一の窓だった長崎には美味しい料理がいろいろと残されています。
     
     駅前のいつものカフェ「パパス」で大好きなケーキをいただくと、店内の装飾も港町にマッチしていて、港町の数百年の歴史がしのばれます。
     
     昨日も今日もとても寒い長崎でしたが、たまにはプライベートでのんびり来たいものだといつも思います。
     
     帰りの飛行機は厚い雲の上を飛びながら、雲の切れ間から瀬戸内海の島々や本四架橋、鳴門大橋なども見えてとても迫力のある景色でした。
     
     風邪を引きながらの過酷な四日間もなんとか乗り切り、無事帰宅したら、いつの間にか風邪薬のお蔭で症状が改善されているので安心しました。
    January 20

    憂鬱な季節

     アレルギー性鼻炎の私ですが、花粉症もひどく、今年は本格的な飛散が予想されているので、少しブルーになります。
     
     あまりに花粉が多い日は、外出を控えるのが一番です。
     
     昨日からどうも鼻の調子が悪いので、花粉症が始まったのではと思いました。
     
     突然悪化するのが花粉症の特徴で、ひどいときは鼻水が止まらず夜眠れないこともあります。
     
     近年一年中アレルギー性鼻炎の薬を飲むようになりました。
     
     そのほうが花粉症の症状が緩和されるのです。
     
     花粉症かと思いきや、今日は朝から微熱が出だしたので、風邪のような気がしてきました。
     
     奈良にも山間部で積雪がありました。
     
     本格的な冬の到来と花粉症の季節がやってきました。
     
     春が待ち遠しい季節です。
     
     スキーも父親が闘病のため行きづらく、寒いだけの冬はどうも楽しみも半減します。
     
     なんとか企画をねらないと、悩ましい季節でもあります。
    January 19

    小春日和のミニトリップ~宇治

     人間五十路に入ると、人生の先がいつ無くなってもおかしくないという覚悟で生きなければなりません。
     
     仕事も頑張りながら、余暇も精一杯楽しむ。
     
     しかし身体はしっかりケアをして、無理をしないように、ストレスを溜め込まないように生きるのが良いと思います。
     
     ということで朝から小春日和の天気に誘われて、少しドライブをしてみました。
     
     京都と奈良は、世界遺産の宝庫ですが、その中でも私の知らないところに行ってみました。
     
     京都の南部宇治市まで、我が家から約一時間半のドライブで到着します。
     
     十円玉に描かれた世界遺産平等院は、何度も行ったことがあるので、今回は宇治川の北へ行ってみました。
     
     宇治市の源氏物語ミュージアムは、初めて行きましたが、源氏物語の時代の牛車や衣装などを再現しているので、古の雅な世界にしばし浸りました。
     
     そのあと宇治川の川べりに向かうと、世界遺産宇治上神社が静かにたたずんでいます。
     
     世界遺産だというのに、平等院の陰に隠れてほとんど注目されていないのが残念ですが、さすがに風格のある神社でした。
     
     京阪の宇治駅前まで散策すると、冬の宇治市内は驚くほど静かです。
     
     ふと立ち寄った茶道具のお店では、いきなりお茶を出してくれました。
     
     「宇治はお茶の街ですから」と言われたので、用意された店内のテーブルで熱いお茶を頂き、気分もほっこりと温まりました。
     
     小腹が空いたので、宇治橋のたもとにある茶屋に立ち寄りました。
     
     入り口でカメラがセットされていたので何事かと思ったら、店内でぜんざいを注文すると同時にアシスタントディレクターのような男性がテーブルに近づいてきて、「東京のTBSですが、関口宏の番組でこの店を紹介するので、お客さんも撮影させて欲しいのです」といいます。
     
     申し訳ないのですが、休憩にならないので、お断りしました。
     
     どうしてこんなにテレビ局が店内を撮影したがるかと言うと、この茶屋「通圓(つうえん)」は、なんと平安時代から続く老舗で、かの豊臣秀吉も、宮本武蔵も立ち寄ったという紹介が観光イラストマップに掲載されています。
     
     おいしいぜんざいの味は、八百年以上も受け継がれているのでしょうか。
     
     テーブルの上に置かれた京都老舗番付では、この茶屋は見事大関でした。
     
     ゆったりと流れる宇治川の流れは、源氏物語という日本が世界に誇る文学を生み出した舞台でもありました。
     
     風光明媚な宇治は、時間の流れまでゆったりと流れている街なのです。
    January 18

    阪神淡路大震災から13年

     今日、阪神淡路大震災から13年目の震災記念日を迎えました。
     
     神戸では鎮魂のイベントが開催されました。
     
     あの日、一度寝たら地震ぐらいでは起きない私が、あまりの激しい揺れに飛び起きました。
     
     奈良中部は震度3強の揺れでした。
     
     朝のテレビニュースでは、神戸でビルが倒れ火事がいたるところで発生しているというアナウンサーの声に、とんでもないことが起こったと初めて理解しました。
     
     それでも奈良から大阪への電車は動いているので出勤すると、大阪市内の地下鉄は不通でした。
     
     駅の公衆電話には、会社に電話する長い行列ができています。
     
     私は二駅ほど歩いて職場に出ました。
     
     大阪市内でも地盤の固い上町台地は被害がほとんどなかったのですが、坂を西に下った本町あたりでは、ビルのガラスが割れ、道路に散乱していました。
     
     それから何週か経ち、職場から救援物資を携えてチャーターした船で神戸の港に上陸し、生々しい被害の実態をみて唖然としました。
     
     避難所に差し入れをして帰ったのですが、ビルがいたるところで倒れているというのが驚きでした。
     
     神戸の埋立地のひとつ六甲アイランドに住んでいる人に聞くと、部屋の家具が真横に高速で飛んだというほどの揺れだったと言っています。
     
     神戸株式会社といわれるほど都市経営のお手本ともてはやされた都市は、消防など震災に対する備えがとても貧弱だったことが、明らかになりました。
     
     新幹線の橋脚が完全に倒れているのをこの目で見たときには、自然の力を侮るととんでもないことになるということを肌で感じました。
     
     6千434人の震災犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りします。
     
    January 16

    盛り上がる08年のスポーツ

     お屠蘇気分も終わり、ようやくスポーツ界も盛り上がり始めました。
     
     何といっても昨年のスポーツ界の話題をさらった朝青龍が復帰し、無言でモンゴルに去ったときの心の病気はウソだったというのがバレバレのふてぶてしさで報道陣に毒づくのが面白いったらありゃしない。
     
     すべてのニュースがまるで皇室報道のようにお行儀の良い人間が多すぎる日本のなかで、本音でメディアに怒りをぶつけるのが新鮮です。
     
     横綱審議委員会のメンバーの視察などどこ吹く風で堂々としているのも楽しい。
     
     日本人が忘れていた本音で言いたいことをいうエネルギーをもっています。
     
     一敗はしましたが、まだまだこれからです。
     
     当分相撲から目が離せません。
     
     もうひとつの注目は来月6日のタイ戦から始まるサッカーワールドカップアジア予選です。
     
     オシム監督の病気辞任を受けて後を引き継いだ岡田監督は、日本をワールドカップ初出場に導いた名監督です。
     
     知将岡田監督にぜひとも2010年南アフリカでのワールドカップ出場を期待します。
    January 14

    日本の風物詩とんど

    183914012008
     
     今日は午後から街の仕事で、とんどの準備から後片付けまでを担当しました。
     
     事前に材木を製材所に依頼していたので、とても良質の檜の端切れが大量に入手できました。
     
     午後から約1時間かけてその材木を役員3人で三角錐に組みました。
     
     会議のあと午後5時前に点火しました。
     
     始めは勢いよく燃え上がり、炎は4メートルにも達したのです。
     
     事前に消防署には通知していたので、心配ありませんが、数年前のとんどでは、役員が通知を忘れていたので消防署が駆けつけるという大騒ぎに発展したそうです。
     
     お酒とおつまみも私が昨日買っておいたので、始めは賑やかな雰囲気になりました。
     
     正月の飾りや昨年の破魔矢、書初めなどを燃やすとんどは、辞書では「どんど」となっています。
     
     私が子どもの頃は、とんどの柴集めは子どもの仕事でした。
     
     今は大人たちの仕事となりましたが、子どもたちも大きな炎をみて喜んでいます。
     
     藤原宮跡の国有地を借りて行うとんどは、日本一ぜいたくな広大な敷地の一角を利用しています。
     
     周囲には民家も少なく、3時間燃やし尽くしたあとは、真っ暗闇になりました。
     
     火傷するほどの熱さと、立ちっ放しの火の見張りで、とても疲れた一日でした。
    January 13

    穏やかな休日に墓参

     朝から明日のとんどの買い物に行き、お酒とおつまみを買いました。
     
     子どもの頃は、子どもだけでマキを少しずつ集めてとんどをしたのですが、いつの頃からか大人の仕事となり、街の役員だけが準備をすることになっています。
     
     明日の天気予報によると、寒いのは仕方がないのですが、何とか良い天気で実施できそうです。
     
     午後から母に頼まれて下の子とお墓参りに行きました。
     
     街中ですが飛鳥川のほとりにある静かな墓地は風もほとんどなく、我が家の墓の花を換え水をかけると、少し立派にみえました。
     
     小学5年になった下の子にも、いろんなことを教えていくときなので、お墓参りはちょうど良い家庭教育の場所となりました。
     
     線香を立てて手を合わせ、拝むという行為も今の子どもに教える機会は随分と減りました。
     
     私が育った昭和30年代は、お盆になると毎日行灯をお墓につけに行かされたものでした。
     
     その時代の葬儀は、村人が死者を荷台に乗せて葬送する行列を、お墓まで続けたのです。
     
     そんな時代をふと思い出しながら、合掌を終えた子どもに
     
     「○○(こどもの名)も死んだらこのお墓に入るんだよ」
     
     と言い聞かせました。
     
     一週間前に叔母の安らかな死に顔を拝んだばかりなので、諸行無常を感じた一日でした。
     
     人間というのはいつ死ぬか分かりませんが、生きている間は精一杯生きなければと思います。
     
     朝刊には、ガン宣告を受けながら最後まで国会議員として奮闘した山本孝史参議院議員の告別式が、昨日大阪市内でしめやかに執り行われたと報じられています。
     
     58歳という若さで亡くなった山本氏の活躍をメディアで度々観ていたので、久しぶりに壮絶な人生に感動を覚えました。
     
     穏やかに新年が始まりましたが、親族の死去という不幸が突然あり、自分の人生も決して平均寿命まで約束されたものでないことをあらためて認識させられた一日でした。
    January 12

    「自由に生きるとはどういうことか」を読む

     正月休みに買った本が意外に面白かったので紹介します。
     
     「自由に生きるとはどういうことか」(橋本 努著 ちくま新書)です。
     
     新書にしては内容が少し難しいのですが、戦後の歴史を「自由」という切り口で振り返ることがとても新鮮で、自分の生きた年代を歴史の中で感じられるのです。
     
     尾崎豊がなぜ支持されるのかも詳細に説明されていて興味深い内容でしたが、この本のもっとも面白いところは、むしろ現代の日本と今後どこに向かうのかという分析です。
     
     米国の影響を強く受ける日本では、米国でどういう変化が起きているのかに注目ですが、いまや米国ではMBAよりも美術学修士号が取得される時代だというのです。
     
     「ブルジョア・ボヘミアン」の略称「ボボズ」という言葉がこの本の紹介する米国の変化のキーワードです。
     
     従来の米国社会のエリート層はWASP(白人アングロサクソンのプロテスタント)でしたが、いまや米国社会は「ボボズ」によりリードされているというのです。
     
     「ボボズ」は、1960-70年代に青春時代を送った世代の人たちであり、彼らは親世代のWASPの生き方に対抗して、ボヘミアン(流浪の民)の生き方から多くを学んできた。いまやビジネスやアカデミズムの世界で成功し、新しい階級として台頭してきたというのです。
     
     《その特徴を一言でいえば、文化的な創造を求めてあらゆる努力を惜しまない人々、ということになるだろう。ボボズは「創造としての自由」を人生最大の価値とする。》
     
     このような変化が米国大統領選挙にも大きな影響を与えていると想像できます。
     
     民主党のオバマ候補という新しいタイプの大統領候補の登場は、米国の各分野の指導層の変化が背景にあるのでしょう。
     
     日本の格差社会の分析も文化の側面からしているのでとても興味深い内容でした。
    January 11

    忙しい松の内に思う

     私の人生は昨年あたりから逆境を抜け出して、明るい光を受け始めました。
     
     子どもの病気という重い現実のなかであがき、仕事の重圧の中でもがき、使命と現実の中で苦しんだ逆境の時代は、実に十年も続きました。
     
     朝の来ない夜はないと、自分に言い聞かせて。
     
     あるときは「山よりでかい獅子はでない」と信じて。
     
     毎夜、自分を信じ家族を愛することを潜在意識に言い聞かせて眠りにつきました。
     
     2年前の年末年始に、私の逆境の時代もまもなく終るという占いをコミュニティ紙でみつけると、その記事を切り取って宝物のように手帳に入れては自分を励ましました。
     
     ただただ黙々と働けというそのアドバイスに従い、一所懸命働きました。
     
     夜はブログやメルマガで自分の思いを文章に換えていきました。
     
     そして2年経ち、不思議と日々の生活に光が差し込んでいることに気がつきました。
     
     別に宗教に帰依したのでもなく、黙々と夜明けがくることを信じ、自分を信じた私にも朝が来たようです。
     
     そして今年の正月は、連日深夜の帰宅という忙しさの中で、元気に働き、真剣に勉強できる今日がきたことを、すべての人に感謝し、今年も1年間世のため人のために精進しようと思うのです。
     
     ジェットコースターに乗ったような今年初めての一週間も無事終わり、明日はようやく身体を休めることができそうです。
     
     正月早々近所に住む叔母さんが死去するという悲しみもありましたが、悲しみも喜びも乗り越えて生きていけるという自信を、この歳になってようやく感じ始めた私です。
     
     ブログやメルマガで思いのたけを書くことがストレス発散とアイデアづくりに役立ち、自分の人生を豊かにしてくれることにも気づいているのです。
    January 10

    私の夜間学校

     いよいよ今週から本格的な夜間講義が始まりました。
     
     TACなんば校は、地下鉄、近鉄のなんば駅の真上にあり、教室からは盛り場の灯りがきれいに見える好立地が特徴です。
     
     火曜日は、仕事をしてから夜7時からの初めての生講義を受けると、さすがにピリッとした緊張感に包まれていました。
     
     教室は若い人たちで一杯で、中年は私以外にもう1人いるだけでした。
     
     自宅に帰り着くとさすがに疲れています。
     
     深夜11時の帰宅となりました。
     
     勉強は大変ですが、とても役に立つものです。
     
     社会保険労務士講座は、これから夏まで続きます。
     
     水曜日もDVDで受講し、今夜は職場の新年会、明日の金曜日はまた夜の講義と、今週は過密スケジュールとなりました。
     
     大阪では今日から大阪府知事選挙が公示されました。
     
     当分賑やかな大阪の街で、私の静かな戦いは、ひっそりと夜間学校で始まりました。
     
    January 07

    年賀状も収束し新春パーティー

     職場の初出勤でいきなり新春のパーティーを開催し、忙しい一日でした。
     
     ホテルニューオータニで開催されるバンケットでもっとも大きなバンケットが、今日なのです。
     
     とにかく仕事なので忙しく動き回り、夜八時のお開きまで大変でした。
     
     疲れて足が棒のようになりました。
     
     今夜の目玉は、伍代夏子でした。
     
     とても美人なのに歌がうまいので、大変な人気です。
     
     トークを聞いていると、夫の杉良太郎氏も大阪に来ているとか。
     
     年賀状もようやく収束ですが、同じ年の学生時代の友人が東京に単身赴任していて、社労士の勉強を始めましたと書いていたので、苦笑い。
     
     中年もまだまだ老け込むには早いようです。
     
     わが社には、五十を過ぎてから税理士試験に挑戦し、見事に最終合格を果たした猛者がいますが、この試験はさすがに在職中に合格は厳しいようで、前職の自営業を廃業してから独身の気軽さもあって勉強に専念したそうです。
     
     世の中、自分の枠を自分でつくってしまう人は損をするということでしょう。
    January 06

    年末年始休み最終日

     昨日は忙しすぎてブログが書けませんでした。
     
     昨日、朝から大阪難波のTACでみっちり5時間も学習し、十分疲れたところを桜ノ宮OAP(メルマガ発行住所)と梅田の「三峰」のバーゲンへ。
     
     自宅に夕方帰り、夕食を慌しくとったあとすぐ町の集会へ。
     
     そして帰宅して、昼亡くなった叔母さんの家に父と弔問に行きました。
     
     昨夜は疲れていたので早く寝たのですが、今日も朝からけっこう忙しく、年末年始最後の日も半分仕事のようでした。
     
     というのも、職場で受験するようにいわれている損害保険募集人資格の受験日が3日後に迫っているので勉強しました。
     
     夜は叔母さんの通夜に母と参列しました。
     
     叔母さんは享年72歳で、子宮がんとの闘病5年のすえ息を引き取りました。
     
     元気の良い人だったので、72歳で亡くなられるとは意外ですが、病気とはそういうものなのでしょう。
     
     今日、駅近くの通夜会場には、親族の外にも家族の勤務先や街の人たちが多数参列してくれました。
     
     朝からみごとな青空が広がり、小春日和となったため、この時期にしては参列者にとりありがたい天気でした。
     
     久しぶりに顔を合わせた親戚の人たちとの会話は、年月の経過を感じさせるものでした。
     
     いろんなことが起こった年末年始休みも、ついに終りました。
    January 04

    日本の衰退を防ぐために政治が変われるのか

     今日から官公庁や株式市場が仕事始めで、2008年(平成20年)が本格的に始動しました。
     
     今朝の日経新聞を開くと、堺屋太一氏が寄稿しています。
     
     日本の衰退を憂い、官僚のモラルアップをうったえていますが、権力は腐敗するという名言どおりのことが起こっているので、権力の移行しか、解決の道はないのです。
     
     改革が必要だと声高にとなえるのは良いとして、官僚のモラルアップをとなえるだけでは何も解決しないので、官僚から権力を市民が奪わなければならないのです。
     
     官僚から権力を市民が取り戻すための手っ取り早い方法は、官僚機構と一心同体化した自民党から政権を奪うことなのです。
     
     これにより、官僚機構は政策の見直しを迫られるわけです。
     
     それなのに堺屋太一氏は、大阪府知事候補として橋下弁護士を自民党と一緒に口説き落とし、自民党の延命に手を貸しているのですから、私は納得できないのです。
     
     大阪府知事選挙には誰が選択されるのか、衆議院解散総選挙に影響を与える戦いはまもなく本格化し、1月27日には、新知事が決まります。
     
     市民が権力を官僚から取り戻すために、一票の重みを自覚することから始めなければなりません。
     
    January 03

    正月のテレビ番組はなぜバラエティばかりなのか

     どうしてテレビの正月番組は、こんなにつまらないのでしょう。
     
     公共の電波といいながら、どのチャンネルを回しても同じようなタレントが出てきて、撮りだめした番組ばかり。
     
     一番酷いのは、正月三が日だというのに、録画どころか再放送を朝から放映していました。これは天下のテレビ朝日です。
     
     バラエティ嫌いの私の頼りは、駅伝とラグビーぐらいでしょうか。
     
     しかし箱根駅伝は関東の大学ばかりなので、あまり面白くありません。
     
     自宅にいると子どもがバラエティ番組を観たがるので、今日も外出しました。
     
     ショッピングモールは快適です。
     
     暖房も良く効いていて、一日過ごしたくなるほどです。
     
     子どもを遊ばせておいて、親は座って待っていることもできます。
     
     親に頼まれた買い物も済ませて、自分の読みたい本も読めて、子どもも喜ぶというすべてのニーズを満たせるのです。
     
     読書に飽きると、売り場を見て周り、気分転換もできますし、歩き回るだけでウォーキングできるというわけです。
     
     今日はショッピングモール内だけで7千歩も歩けました。
     
     カフェで本を読んでいると、自然に耳に入る会話など、とても興味深いものがあったりします。
     
     それにしても自宅でつまらないテレビを観てしまうことに比べたら、いろんな発見があるショッピングモールに皆行きたがるのが良く分かります。
     
     ついでに食事をして帰りましたが、数千台収容の駐車場はこの時期つねに満車状態で、店外にでるのに半時間もかかりました。
     
     とにかくテレビ局も正月休みをとるのは賛成ですが、音楽番組を事前に収録しておくとか、ドキュメントとか、もう少し内容のある番組を放映して欲しいものです。
     
     明日からようやく通常の番組編成になると期待しています。  
    January 02

    静かなお正月

     昨年と同様、静かなお正月を過ごしています。
     
     テレビがあまりにもつまらないので、午後からショッピングモールに遊びに行きました。
     
     元旦朝から福袋で賑わった翌日なので少し落ち着いているのですが、店内は家族連れで大賑わい。
     
     お餅つきのイベントでは、長い行列ができていました。
     
     帰省している娘夫婦の家族とその親という組み合わせが多いのが、正月の特徴です。
     
     店員の掛け声も年末よりも賑やかで、静かなお正月はここにも見出せません。
     
     いつものカフェも満席で、横に座った人たちの声がうるさすぎて、読書も落ち着いてできません。
     
     要するに近年のお正月は、買い物時期となったのです。
     
     昔は年末が買い物時期で、年始は静かに過ごすのが正月の過ごし方でしたが。
     
     私もあまりの熱気に煽られて、年末年始はつい買い物をすることになります。
     
     今年の買い物は、リーバイスのジーンズを4割引、アディダスのトレーニングウェアを3割引でゲットでき、満足しました。
     
     橿原神宮参拝客の車の渋滞に巻き込まれた末に、ようやく帰宅してテレビのニュースを観ると、東京のデパートの初売り風景が報道されていました。
     
     この日のためにお金を貯めて買い物に走る人の勢いは、鬼気迫るものがありました。
     
     インタビューされた人に、何十万円も買う人がいたのには驚きました。
     
     そういう人は、買い物が生きがいなのでしょうか。
     
     自宅に帰り、読書を楽しむと、やっと静かな正月を取り戻しました。
    January 01

    年末年始四国帰省

     年末30日から四国高松の家内の実家に帰省し、元旦の午後にUターンしました。
     
     寒波のお蔭で、とても寒い中の移動でしたが、帰省ラッシュの分散化の傾向のため渋滞にほとんど出くわすこともなく、快適なドライブを楽しみました。
     
     行きは、明石海峡大橋の北側のトンネルの中で事故があり、三キロ渋滞しましたが、トンネルを抜けると一気に淡路島を駆けぬけるドライブを楽しめました。
     
     お土産は鳴門で鯛を買おうと、立ち寄ったのは鳴門インターを降りて北へ国道を十分ほど走ったところの海岸沿いにある「びんび家」です。
     
     昔から鳴門で一番有名な店で、昼食に寄るとすでに15分待ちの大盛況でした。
     
     鳴門特産のわかめがたくさん入った味噌汁がついた刺身の定食は、ボリューム満点で新鮮でした。
     
     食事のあと、家内の実家で焼けるようにいちばん小さな鯛を買い求めたのですが、これがなんと40センチオーバーです。
     
     お値段も4600円という安さ。
     
     持ち帰った鯛を大きな網にのせて七輪で焼いてもらい5人がかりで2日もかけて食べました。
     
     魚肉がしまったおいしい鯛でした。
     
     高松市の東部では残念ながらAirHの電波が弱く、インターネットが完全にはつながらず、ブログは帰宅してからとなりました。
     
     うどんもおいしい高松は、しずかな新年を迎えるにはとてもよい土地でした。
     
     元旦は道も空いていて、Uターンは淡路島で1回休憩して3時間半という速さでした。